どしゃ降りでもカッパ着て行くのだ

64歳のアルバイト生活(ブログ名変更考察中)

神生みを詳しく詮索する

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大事忍男神(おほことおしをのかみ)

神生みで最初に生まれた神と記載された神さまです。「忍男」といえば知珂(ちか)の島の天の忍男神を思い浮かべます。「忍」の字は「おし」と読む場合、「名乗り」と注釈があります。意味ではなく、宣言する時の「忍」の発音ということなのかも知れません。「大事を成し遂げた男なり」という感じでしょうか。とすると天の忍男も大変な神さまかも知れません。 

万物に神が宿るというのが原始日本よりある信仰だとすれば、大八島を平定後の神生みということでもあるし、大八島平定を成し遂げた男神であるということなのかも知れません。ここでは、大八島(天神族の領地)に宿る神としておきます。大地の神ですね。

 

石土毘古神(いはつちびこのかみ)

農耕民族にとって大事なのは、耕作できる土地と、定住できる住まいという2つでしょう。大地に宿る神の次は、住いに宿る神を生むわけです。文字通り石と土の神さまです。建材の神ですね。

 

 石巣比売神(いはすひめのかみ)

巣は砂のことだとか。石土とくれば次は砂なのかもしれません。でも、巣というのは住いの中でも子どもを生み育てる場所みたいな意味かと思うのです。「愛の巣」とかいいますもんね。石巣比売神は女神でもあります。石土毘古神とは一対になっているようです。夫婦の部屋の神。

 

 大戸日別神(おほとひわけのかみ)

戸は扉、入り口の意味と考えられているようですが、後で出てくる黄泉の国のお話では「かまど」的な意味(黄泉戸喫)で使われています。日別というのはかまどの火のことで、太陽から別けてもらった光熱源と考えます。入り口の意味もあるかも知れませんが、かまど(のある部屋)の神とします。そう考えれば女神かも。

 

 天之吹男神(あめのふきおのかみ)

天は上にあります。天を吹くということは屋根のことでしょうね。屋根を葺くといいますから。雨露を凌げる屋根は住居の中でも重要なパーツです。屋根の神ですね。

 

大屋毘古神(おほやびこのかみ)

屋敷全体の神でしょうか。大屋毘古神は後に大国主の章に出てきます。八十神に追われた大国主が木の国(紀の国)の大屋毘古神に助けを求めるという筋書きです。これはまた後ほど。

 

風木津別之忍男神(かざもつわけのおしをのかみ)

風の神とされているようですが、木があるので防風林もしくは風除けの庭木と考えられます。津がある(津は「の」の意味も有るようですが)ので海風かも。ここでも忍男が出てきました。「おし」は宣言の時の読みと書いたのですが、ここでは当てはまらないようです。単なる男神の呼び名なんでしょうか。う~難しい。

 

石土毘古神より以下の六柱を家宅六神(かたくろくしん)といいます。

 

綿津見神(おほわたつみのかみ)

綿(わた)は海のことで、ワタツミは海の神さまです。ワタツミはメジャーな神名ですが、ワタツミを名乗るのは大綿津見神だけではありません。 

黄泉の国より帰ったイザナギが禊をしたときに生んだ三神。

 山幸彦がなくした釣り針を求めて訪れる綿津見神の宮の神。 
  • 綿津見大神(わたつみのおおかみ)ー大綿津見神と同神かは不明
 タツミは海人の一族と思われます。イザナギは後にスサノオに海を治めるよう申し渡しますが、ワタツミが支配する海にスサノオを支配者として送り込むということなのでしょうか。それとワタツミとスサノオは何らかの関係があるのでしょうか。海幸彦、山幸彦の物語はもう少し先の段になります。山幸彦とワタツミの物語は神武天皇に続くわけですから、神話から歴史へのつなぎの物語であるとも思われます。楽しみですね。
 
 
追記:2018年9月1日

速秋津日子神(はやあきつひこのかみ)

水戸(みなと)の神で速秋津比売神(はやあきつひめのかみ)の夫神。イザナギイザナミの子なので兄妹なんですかね。 

「速」は潮の流れの速さをあらわしているような気がします。スサノオ古事記では建速須佐之男命(たけはやすさのおのみこと)とされていますので、「建」は武力のことで「速」は海人としての船足の速さを表していると思うのです。 

「秋」は危急存亡の秋(とき)」と言いますので、差し迫った感じがあります。「津」は海の匂いがしますが、単なる「~の」という接続詞なのかもしれません。

 

速秋津比売神(はやあきつひめのかみ)

水戸(みなと)の神で速秋津日子神(はやあきつひこのかみ)の妻神。夫と共に8柱の神を生んでいます。いずれも川から河口の神のようですが、それぞれペアになった神さまです。 

ここからは速秋津日子神速秋津比売神が生んだ神さまです。 

 

沫那藝神(あはなぎのかみ)

沫那美神(あはなみのかみ)の夫神。兄妹でもあるようです。「沫」は「泡」のことで「泡」の神さまとされています。水が岸に寄せる場には泡が立つものです。水際の「泡」は死と再生の象徴のような気がします。 

ギリシアの愛と美の女神アフロディーテは「泡」から生まれますし、人魚姫は悲恋の末「泡」となって消えてしまいます。ポニョもそうでしたっけ?創作にも登場するように、「泡」死と再生の象徴のようです。私なんかにはどっちかというと死のイメージですが。

 

沫那美神(あはなみのかみ)

沫那藝神(あはなぎのかみ)の妻神。ナギとナミは男女の名前に出てきますが、「ナ」は「の」という接続詞だけの意味のようです。ナギとナミは「凪」と「浪」の意はないんですかね。これだと反対語のようで面白いんですが。 

よくあるハリウッド映画で、女性が身勝手な行動を起こして大変な事態を引き起こし、それに男性が巻き込まれて、すったもんだの末に、何とか納めるというパターンがありますが、これが「浪」と「凪」に通じるなと思っていました。関係ないか・・・。 

国生み以前は女性の時代だったと思っているので、「浪」と「凪」もありかなと思っています。

 

頬那藝神(つらなぎのかみ)

前の項から続くのですが、この神さまこそ「浪」と「凪」が似合います。「頬」は「ツラ」で水面のことです。水面の男神頬那美神(つらなみのかみ)の夫神。「ツラ」は「つらの皮が厚い」「つら汚し」「横っつら」などヒトの顔面のことですが、職人さんなんかは物質の「表面」のことを「ツラ」と呼んでいます。頬那藝神(つらなぎのかみ)は水戸(みなと)の神なので、ここでは「頬」は「水面」のことです。

 

頬那美神(つらなみのかみ)

同じく「水面」の神さま。女神で頬那藝神(つらなぎのかみ)の妻神。兄妹でもあるようです。

 

天之水分神(あめのみくまりのかみ)

「みくまり」というのは水の分配のことです。天から水を分けてもらうという意味なのでしょうか。それならば天の恵みというわけです。稲作が国作りの基本となっている日本国ですから、天の恵みたる降雨は、大変重要な神事であったことでしょう。国之水分神(くにのみくまりのかみ)とは対になっていますが、性別はわかりません。よって、夫婦でもないのかも。

 

国之水分神(くにのみくまりのかみ)

国の「みくまり」の神さま。灌漑設備とか分水嶺のことが思い浮かびます。天の恵みを農業用に引き込むのは稲作文化の基本でしょうから、ここに神さまが宿るわけですね。天之水分神(あめのみくまりのかみ)とは対の神さま。

 

天之久比奢母智神(あめのくひざもちのかみ)

瓢箪の神さまとされているようです。瓢箪だと水筒のようなものに感じます。水を持ち運ぶものということなのでしょうか。これだけだと農業にはあまり関係ないように思います。「久比奢」を「汲みひさご」とされている方もいます。農業ですから水を撒くのも重要な作業だったと思うので、水撒きの神さま。あるいは水撒き用の用具の神さまと考えればいいかと思います。国之久比奢母智神(くにのくひざもちのかみ)とは対の関係です。

 

国之久比奢母智神(くにのくひざもちのかみ)

「天の」と「国の」は対の関係を表す言葉のようです。「みくまりのかみ」と違って、「ひざもちのかみ」が対である必要はないと思うのですが、どうなんでしょう。流れなんですかね?よくわかりません。

 

 追記:2018年10月17日

志那都比古神(しなつひこのかみ)

古事記には風の神と書いてあるので、風の神なのでしょう。日本書紀には国生みが終わった後の国土が朝霧に覆われており、それを払うために同様の神さまを生んだとされているようです。風は日を遮る雲を払うものでもあるし、農耕にとっては重要な神さまかと思います。 

先に家宅六神として、風木津別之忍男神(かざもつわけのおしをのかみ)が風の神として登場しています。こちらは防風の神としたほうがいいのかもしれません。風を吹かせる神さまと風を防ぐ神さまというわけです。農耕にはどちらも重要ですね。

 

久久能智神(くくのちのかみ)

古事記では木の神とされています。「くく」というのは「木々」あるいは「茎」に通じるもの。特定の木をさすものではなく、木々全般の神さまと思われます。「智」は男性をさすのもだそうです。真っ直ぐ雄雄しく立つ「木」は男根のシンボルでもあるようですね。 

「木」は「柱」に通じます。イザナギイザナミが婚姻の時に回った「柱」も、おそらくは石柱なんかではなく木製の柱でしょう。日本人の住居は木と紙でできていますし、食料としても「木」からもたらされるものは多々あります。久久能智神(くくのちのかみ)は日本人とっては重要な神さまであるわけです。

 

大山津見神(おほやまつみのかみ)

大山津見神(おほやまつみのかみ)は山の神さまです。大山津見神は数々の神さまの親として、何度も登場します。スサノオが八俣大蛇(やまたのおろち)退治の際に出会う櫛名田比売(くしなだひめ)の両親、足名椎(あしなづち)と手名椎(てなづち)が大山津見神の御子です。また、瓊瓊杵尊(ににぎのみこと)の妻となる石長比売(いわながひめ)と木花之佐久夜毘売(このはなさくやひめ)も大山津見神の御子になります。他にも登場しますが割愛。

 

鹿屋野比売神(かやのひめのかみ)またの名は野椎神(のづちのかみ)

オオヤマツミの妻神。野の神。「かや」というのは「茅」または「萱」のことで、屋根材や飼肥料などに利用されてきた草本の総称だそうで、個別の植物の名称ではないみたいです。「茅葺の屋根」とかの「かや」ですね。古代では建築の材料として重宝されていたのでしょう。野からもたらされる惠の姫神なのでしょう。 

別名の野椎神(のづちのかみ)は聞き覚えのある名前です。「のづち」といえば「ゲゲゲの鬼太郎」にも登場する有名な妖怪ですから。 

外見は蛇のようだが、胴は太く、頭部に口がある以外は目も鼻もなく、ちょうど柄のない槌(つち)のような形をしている。深山に棲み子ウサギやリスを食べる。時には人を喰うとされた。近畿地方中部地方北陸地方四国地方を中心に伝承されているもので、シカを一飲みにする、転がってくる野槌に当たると死ぬ、野槌に見つけられただけでも病気を患ったり、高熱を発して死ぬともいう。昭和中期から未確認生物として知名度をたかめたツチノコは、野槌に用いられていた呼称のひとつ(槌の子・土の子)だったが、昭和40年代以降はマスメディアなどで多用された結果、野槌のような伝承上の特徴をもつ蛇の呼称も「ツチノコ」が定着していった。

 野槌(2018年9月21日 (日) 13:32 UTCの版)『ウィキペディア日本語版

 ということで、「のづち」が妖怪の名前であり、ツチノコが別名であったことは自分的にはよく知られたことであったのですが、世間一般ではどうなんでしょうね。あまり知られてはいないのかもしれません。「のづち」が姫神であったということのほうが驚きです。 

「のづち」という妖怪は野の精霊です。野の神さまたる野椎神(のづちのかみ)が後に「のづち」という妖怪に変化していったとしても不思議ではないですね。

 

次回は大山津見神と野椎神が生んだ神さまです。

天之狭土神(あめのさづちのかみ)

「山野によりて持ち分けて生みたまふ神の名は」と古事記にはあります。「持ち分けて」と「天之」を考えますと「山道」みたく思います。「狭」はせまいの意ですから、山に分け入る路、天に続く道ということでしょうか。「狭土」を「砂・土」と読んでいる方もいるようです。

 

国之狭土神(くにのさづちのかみ)

天之狭土神とは対になっている神さまと考えられますが、天之狭土神日本書紀には登場しないそうです。だから対とは違うとの見解のようですが、古事記では対の形になっています。対だとすると、平野部の「道」ということになりますが、どうなんでしょう。やはり「砂・土」と読んで、農耕民族にとっての重要な「土」の神さまなんでしょうかね。 

国之狭土神日本書紀国狭槌尊(くにのさつちのみこと)と同じ神さまと考えられます。 

国狭槌尊(くにさつちのみこと)は、主に『日本書紀』の天地開闢の段に登場する神である。別名国狭立尊(くにのさたちのみこと)。神代七代のうちの一柱である。 

国狭槌尊(2018年10月15日 (月) 9:59 UTCの版)『ウィキペディア日本語版

 神代七代の一人でもあるし、日本書紀では何度か登場するようです。重要な神さまなのかもしれません。古事記では一度しか登場しません。

 

天之狭霧神(あめのさぎりのかみ)

山の霧の神さまでしょうか。こちらでも「狭」の字が使われています。山で霧に出会うと、人は道を見失ってしまいます。道を見失うことは、死を招くことにもなります。また、霧は自らを隠してくれることもあります。敵から追われていた場合などは霧はみかたにもなるでしょう。 

何にしても「狭」の字をどう解釈するかですね。

 

国之狭霧神(くにのさぎりのかみ)

こちらは、「国」のバージョンです。同じように平野を覆う霧は農耕にどんな影響を与えるのでしょうか?雨とは違って、あまりいい影響は無いような気がします。 

霧害(そうがい)

 主に、本現象による、農業で生じる被害をいう。日射の長期間遮断による温度低下と光合成の阻害により、作物等の生産量が減少する。日本では、岩手県三陸地方のやませや北海道太平洋岸の海霧が代表例。対策として、根釧原野では防霧林(多くは防霧保安林)を設定して、林帯で霧粒の捕捉を行っている。

 (2018年10月17日 (水) 6:00 UTCの版)『ウィキペディア日本語版

  

農耕民族にとっては「霧害」は神のなせる災いですね。温暖な四国地方にもあるのでしょうか? 

五里霧中という言葉がありますが、意味はこんなです。 

五里霧

 後漢の張楷が五里にわたる霧を起こし、自分の姿をくらます道教の秘術「五里霧」を好んで使ったという、中国の『後漢書(張楷伝)』にある故事から。 五里四方にわたる霧の中に入ると方向を見失うことから、物事の様子が全くわからず、どうしていいか迷うことも意味するようになった。

 語源由来辞典

 有名な言葉の語源が道教の秘術「五里霧」だとは意外ですね。

 

天之闇戸神(あめのくらどのかみ)

「闇戸」が問題ですが、「闇」は光の無い状態のことです。 

創世記

 はじめに神は天と地を創造された。地は混沌としており、闇が淵のおもてにあり、神の霊が水のおもてをうごいていた。神は言われた。「光あれ」。かくして光があった。神はその光を見て、良しとされた。神はその光と闇を分け、光を昼と呼び、闇を夜と呼んだ。

  聖書の「創世記」を引用するのはどうかとも思うのですが、「闇」を「夜」と解釈するのは日本の古代においても同じようなものだと思います。よって「夜」の神さまとします。迫りくる「闇」の神さまですね。 

次に「戸」ですが、これは入り口のことでしょう。水戸は港、山戸は山裾の開けた土地、闇戸は夜の入り口。夕闇というところでしょうか。 

結論。夕闇の神さまということで。

 

国之闇戸神(くにのくらどのかみ)

夕闇は平野部にもやってきます。闇は恐ろしいものです。早々に農作業を切り上げて自宅に帰らなければなりません。闇を恐れるのは現代の私たちどころではなかったはずです。

 

大戸惑子神(おほとまとひこのかみ)

字の感じからして、神隠しを連想します。大戸惑女神(おほとまとひめのかみ)とは対になっているのでしょうから、こちらは男神なのでしょう。これまでは天と国が頭についていましたが、こちらは子と女が違うだけです。 

「惑」は「まどわされる」という意味ですから、自ら迷うのとはちょっと違って、何者かに迷わされるという外的な作用が意味としてありそうです。惑されて道を失うわけです。 

自らの失策で山で迷子になったとしても、他人から見れば何者かに隠されたと考えたのでしょう。また、賊にさらわれて消えてしまうといったことも多かったのではないかと思います。肉親や仲間が意味も無く、突然消えてしまうことは恐ろしい神のなせる業だったわけです。

 

大戸惑女神(おほとまとひめのかみ)

同じく神隠しの神さま。「戸」ついているので、惑わされないように戒める意味がありそうです。

 

次に生んだ神~ここからはイザナギイザナミの子に戻ります。

鳥之石楠船神(とりのいはくすぶねのかみ) またの名は天鳥船(あめのとりふね)

天鳥船(あめのとりふね)という名のほうがよく知られていると思います。少なくとも私の中ではそうなのです。なんとも、SFチックな名前です。どうしても宇宙船的な姿を想像してしまいます。 

鳥というのは羽を持つもので、天使の羽を置き換えたものと考えています。天女の羽衣も同じです。天からの羽を持つ舟の神さまが天鳥船のイメージです。 

別名の鳥之石楠船神(とりのいはくすぶねのかみ) を考えて見ますと。「楠」の字が入っています。「楠」は腐りにくく船の材としては最適な木材のようです。 

「楠」で作られた宇宙船は想像できません。やはり、大海を航海する船のことなのでしょうか? 

「鳥之石」は、鳥のように早く、石のように頑丈なというような意味合いでしょうか。太古の軍船が正解のような気がします。とすると、天鳥船は天孫族の船足の速い軍船の神ということになります。宇宙船ではなさそうです。ちょっと残念。

 

大宜都比売神(おほげつひめのかみ)

阿波の国そのものの神さま。卑弥呼大宜都比売神は同じであると考えます。

 

火之夜藝速男神(ひのやぎはやをのかみ) またの名は火之炫毘古神(ひのかがびこのかみ)、またの名は火之迦具土神(ひのかぐつちのかみ)

カグツチイザナミの女陰を焼き、生まれてきました。イザナギイザナミの別離のきっかけを作った神さまです。女陰を焼くという表現はあからさまですが、内部からの戦火ととればイメージできそうです。 

カグツチの「ツチ」は「土」ではありますが、「鎚」ともとれます。ハンマーのことです。 

火之夜藝速男神の名にある「藝」は「修練によって身につけたわざ・能力」のこと、「速」は押し寄せる戦火のイメージです。内乱は夜に起こったのでしょうか。 

火之炫毘古神の「炫」はひかりとか、まぶしいとかの意です。夜(たぶん新月の夜)に起こった内乱の戦火は、漆黒の闇のなか煌々と燃え上がり、すべてを焼き尽くしたことと思います。人々は恐れおののいたことでしょう。 

そして「火」はすべてのものを「土」に帰します。 

神産みにおいてイザナギイザナミとの間に生まれた神である。火の神であったために、出産時にイザナミの陰部に火傷ができ、これがもとでイザナミは死んでしまう。その後、怒ったイザナギに十拳剣「天之尾羽張(アメノオハバリ)」で殺された。 

カグツチ(2018年10月17日 (水) 11:33 UTCの版)『ウィキペディア日本語版

 カグツチイザナギの怒りをかい、十拳剣によって殺されます。そして、ここからも多くの神さまが生まれるのですが、それはまた次回に。

 

追記:2018年10月21日

火の神である火之迦具土神(ひのかぐつちのかみ)を生んだ時、イザナミはその女陰を焼かれて病に伏します。以下はイザナミの病により生まれた神です。

金山毘古神(かなやまびこのかみ)

イザナミのたぐり(吐瀉物)により生まれた神さま。金山毘売神(かなやまびめのかみ)とは夫婦で夫神になります。「金山」とつくぐらいですから、金属や鉱物の神様とされています。嘔吐物が溶かした金属に似ているからといわれているようです。イザナミの口から吹き出すゲロが火口から吹き上げる溶岩に似ているからです。

 

金山毘売神(かなやまびめのかみ)

同じくイザナミのたぐり(吐瀉物)により生まれた神さま。金山毘古神(かなやまびこのかみ)の妻神になります。こちらも、金属や鉱物の神さま。

 

波邇夜須毘古神(はにやすびこのかみ)

イザナミの屎(くそ=糞)により生まれた神さま。「ハニヤス」とは「埴粘(はにやす)」のことで、土器などを作る粘土のことのようです。埴輪(はにわ)の「ハニ」と同じです。神事に使う祭具などの材料になった、特別な粘土を指すのかも知れません。 

練りこんだ赤土の粘土のようですから、イザナミのウンチと似ていたのかと思ったりします。 

波邇夜須毘売神(はにやすびめのかみ)とは夫婦で、夫神になります。

 

波邇夜須毘売神(はにやすびめのかみ)

同じくイザナミの屎(くそ=糞)により生まれた神さま。波邇夜須毘古神(はにやすびこのかみ)の妻神。こちらも土器の神さま。 

 

彌都波能売神(みつはのめのかみ)

イザナミの尿により生まれた神さま。女神なので、水の女神さまです。農耕民族である天神族にとっては水は欠かせないものです。「ミツハ」は水破のような気がします。ほとばしる水は神からの恵みに他ならなかったのでしょう。 

この後、同じくイザナミの尿から生まれた和久産巣日神(わくむすひのかみ)を生んだのを最後にイザナミは死んでしまいます。この、和久産巣日神とは対になっているわけではないようです。

 

和久産巣日神(わくむすひのかみ)

イザナミの尿により生まれた神さま。豊宇気毘売神(とようけびめのかみ)を生んだ神さまでもありますイザナミが死ぬ前に生んだ最後の神さま。 

ワクムスビ」というのは生産の神さまだそうで、若く実を結ぶみたいな意味なのでしょうか、稲穂を次々と実らせていく若き生命力の神さまとします。 

日本書紀』では第二の一書に登場する。イザナミが火の神・カグツチを生んで死ぬ間際に、土の神・ハニヤマヒメ(埴山姫)と水の神・ミズハノメを生む。そこでカグツチがハニヤマヒメを娶り、ワクムスビが生まれたとしている。そして、この神の頭の上に蚕と桑が生じ、臍(へそ)の中に五穀が生じたとしている。 

ワクムスビ (2018年10月21日 (日) 14:11 UTCの版)『ウィキペディア日本語版

 日本書紀でのワクムスビは、オオゲツヒメウケモチのように、その屍から蚕や五穀を生みます。このことからも農耕生産の神さまであることは間違いないようです。

 

豊宇気毘売神(とようけびめのかみ)

和久産巣日神(わくむすひのかみ)の子。イザナミからみたら孫にあたるのでしょうか。トヨウケビメは大変重要な神さまです。当ブログでは、スサノオに殺されたオオゲツヒメ(アマテラス=卑弥呼)に変わって、卑弥呼となったのがトヨウケビメと考えています。 

古事記』では伊邪那美命(いざなみ)の尿から生まれた和久産巣日神(わくむすび)の子とし、天孫降臨の後、外宮の度相(わたらい)に鎮座したと記されている。神名の「ウケ」は食物のことで、食物・穀物を司る女神である。後に、他の食物神の大気都比売神(おほげつひめ)・保食神(うけもち)などと同様に、稲荷神(宇迦之御魂神)(うかのみたま)と習合し、同一視されるようになった。

 伊勢神宮外宮の社伝(『止由気宮儀式帳』)では、雄略天皇の夢枕に天照大神が現れ、「自分一人では食事が安らかにできないので、丹波国の比治の真奈井(ひじのまない)にいる御饌の神、等由気太神(とゆけおおかみ)を近くに呼び寄せなさい」と言われたので、外宮に祀るようになったとされている。即ち、元々は丹波の神ということになる。

 『丹後国風土記逸文には、奈具社の縁起として次のような話が掲載されている[1]。丹波郡比治里の比治山頂にある真奈井で天女8人が水浴をしていたが、うち1人が老夫婦に羽衣を隠されて天に帰れなくなり、しばらくその老夫婦の家に住み万病に効く酒を造って夫婦を富ましめたが、十余年後に家を追い出され、漂泊した末に奈具村に至りそこに鎮まった。この天女が豊宇賀能売命(とようかのめ、トヨウケビメ)であるという。

 尚、『摂津国風土記逸文に、 止与宇可乃売神は、一時的に摂津国稲倉山(所在不明)に居たことがあったと記されている。また、豊受大神の荒魂(あらみたま)を祀る宮を多賀宮(高宮)という(外宮境内社)。

 トヨウケビメ (2018年10月21日 (日) 14:28 UTCの版)『ウィキペディア日本語版

 丹波というのは現在の山陰道を指す古代の行政区のことです。丹波地方は阿波の海人族が入植して開いた地方です。海人たるスサノオがアマテラスとの戦いに敗れ、難民として丹波地方に流れて行ったのだと思います。 

羽衣伝説に出てくる、天女を拉致(?)した老夫婦も阿波の海人族です。

 

あとがき

以上でイザナミイザナギの神生み(産み)は終わります。次は「黄泉の国」の段になります。