どしゃ降りでもカッパ着て行くのだ

64歳のアルバイト生活(ブログ名変更考察中)

徳島市の一宮神社に参拝

f:id:inroutesixties:20181211172438j:plain

徳島南環状道路 R192バイパス

11号線バイパスを南下し、園瀬川の橋を渡ったら信号を右折。徳島南環状道路、R192バイパスに入ります。文化の森下のトンネルを抜けて上八万あたりまでが整備されています。環状道路を左折してすぐ右折すると、しらさぎ台に向かう北側の道になります。しらさぎ台を左に見てまっすぐ行けば、直進神山、左折鬼籠野の交差点。神山方面に直進します。しばらく行くと左側に一宮神社があります。道路の向かいは13番札所大日寺でした。

思えば、先日の天石門別八倉比売神社は鮎喰川を挟んで近場に位置します。途中、史跡公園の案内があって、そういやそうだと思い当たったわけですが、後の祭り。あわせて来ればよかった。それから、地図を見てると鮎喰川を渡った場所に、大麻比古神社があります。小さい神社のようですが、鳴門の大麻比古神社との関係はどうなっているんでしょう。

  • 鳴門市大麻町の大麻比古神社
  • 徳島市一宮町の大麻比古神社

 

一宮神社参拝前編

〒779-3132 徳島県徳島市一宮町西丁244

大宜都比売命・天石門別八倉比売命を祭神とする。

鎮座地は徳島市の西部で、周辺は「一宮町」という地名になっており、東方にある山の頂上にはかつて小笠原氏の「一宮城」という城があった。神社の前には四国八十八箇所十三番札所の大日寺があり、神仏習合の時代には一体化していた。元々は上一宮大粟神社(名西郡神山町)が阿波国一宮であったが、参拝に不便であるため平安時代後期に国府の近くに分祠が作られ、こちらが一宮となったと伝えられる。

一宮神社 (2018年6月11日 (月) 20:46 UTCの版)『ウィキペディア日本語版』

大日寺の正面の入り口前。

こちらは正面ではなく、拝殿も側面が見えます。

この左側に入り口があります。 両方とも竹で橋渡しして、注連縄を飾ってあります。あまり見たことないような気がします。

追記 2018年6月17日 shimeishi

注連石(しめいし)というもののようです。画像を確認したら、大麻比古神社にもありました。注連というのは『①土地の領有を示し、または場所を限るために、木を立てまたは縄を張るなどして標(シルシ)とするもの。しるし。標識。②しめなわに同じ』と広辞苑にあるようです。大麻比古神社では、拝殿前の広場に入る場所にありました。神の領地であるという印でしょうか。一宮神社では、神社入り口2箇所にありました。注連石は(しめいし)他にも読み方があります。別名もあるようです。知らないことだらけ。(2018年6月17日追記)

  • 上の画像の門柱には、右「阿波国一宮」、左「天下泰平家内安全」
  • 下の画像の門柱には、右「神*守皇土」、左「国威普六合」とあります。
  • 右手前の門柱には、「*社一宮神社」とあります。 

一宮神社略記

最初の一行目が問題です。

大冝都比売命 御別名 天石門別八倉比売命 を奉紀する

一宮神社では大冝都比売命=天石門別八倉比売命となっています。天石門別八倉比売命=天照大御神ですから、大冝都比売命=天照大御神になります。天照大御神=卑弥呼なら大冝都比売命=卑弥呼となります。整理します。

  • 大冝都比売命=天石門別八倉比売命
  • 天石門別八倉比売命=天照大御神
  • 大冝都比売命=天照大御神
  • 天照大御神=卑弥呼
  • 大冝都比売命=卑弥呼

整理できないですね。

  • 大冝都比売命
  • 天石門別八倉比売命
  • 天照大御神
  • 卑弥呼

つまり、この4柱の神が、全て同一神であるということになります。卑弥呼は神名ではありませんね。たぶん役職名だと思います。だったら複数いても問題ないですね。

 

一宮神社にある謎の神橋

注連縄をくぐると正面に大きな灯篭があり、左側に神橋があります。

神橋については知識もありませんし別の機会に。 右側が拝殿を正面に望む鳥居が立っています。

狛犬ならぬ、馬が見えますね。馬が何か関係しているのでしょうか。

 

大冝都比売命が天石門別八倉比売命の別名

一宮神社は何の予備知識もなく参拝したので、不思議なことだらけです。大冝都比売命が天石門別八倉比売命の別名であるというわけですから。やはり大冝都比売命は特別な神さまのようです。

古事記では「又」で始まるオオゲツヒメ殺しの物語を、高天原騒乱とヤマタノオロチ退治という2大イベントの間に挟みこんだのは何故なんでしょう。「又」で始まるゆえ、その前に何か物語があって、削除しなければならない出来事があったとでも言うのでしょうか。

オオゲツヒメは阿波の国そのものです。オオゲツヒメ抹殺は阿波の国の封印ともとれます。スサノオによって封印された阿波の国。そこには絶対に隠さなければならない物語があるようです。

 

次は上一宮大粟神社に参拝するのですが

天石門別八倉比売神社に続いて一宮神社に参拝したわけですが、天石門別八倉比売神社の論社の3社のうち、残りは神山町にある上一宮大粟神社になります。神山町まではちょっと遠いので、一人で行くのは寂しいなとか思うのですが、当然連れもなく、折を見て思い切って行くしかないのかなと思います。神山までは100km余はあるかな。神社の位置は確かめたわけではないですが。

大宜都比売命 (おおげつひめのみこと) - またの名を天石門別八倉比売命(あまのいわとわけやくらひめのみこと)あるいは大粟比売命(おおあわひめのみこと)としているが、史料によっては天石門別八倉比売命・大粟比売命は配祀神であるとしている。

上一宮大粟神社 (2018年6月12日 (火) 21:02 UTCの版)『ウィキペディア日本語版』

上一宮大粟神社でも大冝都比売命=天石門別八倉比売命とされているようです。大粟比売命も別名なのでしょうか。史料によってはの記載は、それぞれ別の神さまで、共に祭られているという史料があるということでしょう。

「配祀」(はいし)とは主祭神のほかに、同じ神社の中に他の神を祭ること。

上一宮大粟神社が上一宮で一宮神社が下一宮とされてるようです。上下とくれば中があるわけで、中一宮は、上一宮大粟神社と同じ神山町の鬼籠野神社だそうです。神山町鬼籠野に鎮座されているので上一宮とはずいぶん近いですね。上一宮大粟神社に参拝する時に行こうかな。

  • 上一宮 上一宮大粟神社 徳島県名西郡神山町神領字西上角330
  • 中一宮 鬼籠野神社 徳島県名西郡神山町鬼籠野東分2
  • 下一宮 一宮神社 徳島県徳島市一宮町西丁244

 

一宮神社参拝後編

鳥居を一礼してくぐります。両側には新しい狛犬がいます。

左がピンボケしてますね。ごめんなさい。こちらの狛犬は玉は咥えてないみたいです。犬というよりは獅子かな。獅子っぽいですね。詳しくないのでこれくらいに。

左側に手水舎。龍がいます。真ん中の黒いの。・・・たぶん。

拝殿正面です。

スマホで撮ったのでシラけてますね。やっぱデジカメのほうが使いやすいです。

拝殿前には対の狛犬と馬が2頭います。馬の横腹にあるのは一宮神社の御神紋らしいです。「稲束丸」に「粟」。馬の足元に由来らしきものが書いてあるのですが、撮影するところまで行きませんでした。また次回参拝時に確認したいと思います。でも、何故馬がいるのでしょうね。

馬といえば、スサノオノミコトが生皮を剥いだのしか浮かびませんが、騎馬民族征服王朝説というのもありましたが、現在は否定されてるようですし。それに、当時の馬はもっと小形と聞いています。オオゲツヒメをお祭りしているので農耕馬かな?軍馬かも・・・。

右側の馬。

こちらの画像を見ると、馬の身体に比べて首から上が大きいように思います。サラブレッド種ではなく在来種でしょうか。新しいもののようですから、やっぱサラブレッド種かな?よくわかりません。それに引き換え、狛犬(獅子)はずいぶん年代もののようです。

なぜか、斉藤ひとり(銀座まるかん)さんのシールが。斉藤ひとりさんが参拝されたのでしょうか。それにしてはシールを貼る場所が罰当たりな気がします。周りにあるシールもろくでもないシールなので、いたずらかも。だとすれば、既に神罰が下っていることでしょう。

 

徳島市指定保存樹木 指定番号 第18号

指定保存樹木には基準があります。

(1)樹木については,次のいずれかに該当し,健全で,かつ,樹容が美観上特にすぐれていること。

ア 1.5メートルの高さにおける幹の周囲が1メートル以上であること。

イ 高さが10メートル以上であること。

ウ 株立ちした樹木で,高さが2.5メートル以上であること。

エ はん登性樹木で,枝葉の面積が20平方メートル以上であること。

神社内には杉の木がたくさん生えていました。何か意味でも有るのでしょうか。

巨木が好きなので、神社には巨木がくっついていることが多いので、神社巡りを思いついたようなところがあります。杉の木はまっすぐなので巨木感には乏しいです。杉の巨木というと屋久杉を思い出してしまうのかも知れません。比較するのがおかしいのですけど。

 

大日寺前の入り口の狛犬

指定保存樹木のとなりに入り口があって、ここにも狛犬(獅子)が座っています。この狛犬も比較的新しい感じです。狛犬も種類があるようですね。

こちらの右側の狛犬は玉を咥えているようです。玉じゃないのかな、玉に見えますが。最初に出て来た鳥居横の狛犬と拝殿前の狛犬は玉を咥えていませんでした。ほかにも、鳥居横の右側の狛犬は角がありましたよ。

またピンボケ写真で申し訳ないです。こうやって見ると、下の狛犬はマッチョですね。これは石じゃないように見えます。そこまで気が回りませんでした。左側のは、まるでゴブリンですね。次回は鮮明な画像を撮ってきたいと思います。

右回りに本殿に向かいます。

かなり古びた感じの本殿です。もとは朱塗りで装飾も豪華なようです。今まで朱塗りの本殿はなかったような気がします。建立当時はさぞ美しい本殿だったのでしょうね。入り口にある黒いものは狛犬でしょうか?これも見逃してました。画像で初めて見つけた次第です。

重要文化構造物 一宮神社本殿(附棟札9枚)

平成5年4月20日 国指定

 この本殿は、身舎の正面柱間が三間で、屋根が後方に短く前方に長く曲線形に流れる「三間社流造」である。棟前方に千鳥破風を飾り、さらに先端の中央一間分に軒唐破風を設け、木階前方の庇柱まで浜床を張り出す。また各所に上品な彫刻が埋められ、全体に色彩を施しながらも過度の装飾には陥らずに、華やかな本殿に仕上げている。向拝の木鼻や身舎妻飾りの大瓶束下部には蓮華が、繋海老虹梁や向拝頭貫虹梁の底面には錫杖が彫られるなど、神仏混淆の様相を表している。  棟札と正面千鳥破風板の墨書から、寛永7年(1630)の建築であることが判明している。同じ三間社流造で重要文化財である鳴門市大麻町の宇志比古神社本殿〔桃山時代・慶長4年(1599)〕とともに、徳島県の近代初期を代表する装飾的な大型本殿建築である。

徳島県教育委員会 徳島市教育委員会

歴史建築としても重要な建築物のようです。古い建造物の建築用語は難しいですね。鳴門市大麻町の宇志比古神社は動画サイトで見たことがありますが、参拝したことはありません。。次回、ぜひ参拝したいと思います。阿波神社の横が参道のようです。そういえば鳥居が立ってますね。名前さえ知りませんでした。なんか、わくわくします。

本殿を撮影するときはいつも太陽が入ります。この画像もオーブのような玉の光になっています。これは、こういう角度で太陽を入れると、玉の光になるということなのでしょうか?

これは本殿の裏ですが、玉の光が顕著です。

神々しいですね。素人目にも豪華な造りです。

本殿を周り、拝殿左に出ました。小さな社がいくつかありました。社の脇に石碑が。

天照大神と大己貴命(おおなむちのみこと)のお名前が。オオナムチとは大国主命(おおくにぬしのみこと)の別名です。何か意味があるのでしょうか。

 

あとがき

道路脇にあって、そんなに広い神社じゃないので、画像はこれくらいです。思いつきで始めた神社めぐりですが、これははまりそうです。一宮神社も遠いと思っていたのですが、それほどでもありませんでした。次回参拝するときはもっと細かいところまで見てみたいと思います。