どしゃ降りでもカッパ着て行くのだ

64歳のアルバイト生活(ブログ名変更考察中)

火の鳥・鳳凰編 我王と早魚

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猿田彦なのか

火の鳥・鳳凰編はリアルタイムで読んでいました。月刊誌COMに連載していたからです。COMを全て購入していたわけではないので、もしかしたら、まとめて出た単行本のようなもので読んだのかもしれません。そうしたらリアルタイムとは言えないでしょうね。

COMでも読んでいたのですから、飛び飛びの読書で我慢できないと思います。何らかの手段で全編読んでいたと思います。ほぼ、リアルタイムというところでしょうか。

鳳凰編は1970年の頃の作品です。万博の年ですから、当時私は中学生でした。思春期真っ最中の頃です。物語の中で、茜丸が死んでミジンコになったり、亀に生まれ変わったりしたのをリアルに覚えています。当時の中学生が死というものをどのようにとらえていたのでしょうね。

小学生の時には祖父の死を見ていました。死というものに出会ったのはそれが初めてでした。布団に横たわる祖父はいつもどおりであり、別段不自然な感じではありませんでした。でも触ったら冷たい。その冷たさだけは怖かったです。

今回は猿田彦の分身、我王が主人公です。・・・我王は猿田彦の子孫なんでしょうね?

 

あらすじ ネタバレ注意

鳳凰編では猿田彦は我王(がおう)という名で登場します。

漁師町で赤子が生まれます。玉のような男の子でした。父親は男子が生まれたことに狂喜し、山神様に見せるのだと、険しい山道を赤子を抱えて登っていきます。不幸なことに父親は、急な山道から滑落し死にます。赤子も転落し、命はとりとめますが、左手と右目を失います。そして、左目の下には醜い痣が。赤子は我王と名づけられます。

我王は村では慰み者です。ある時、握り飯を賭けて、身体の大きな泥田坊との力試しに勝利した我王は、握り飯を持って気のふれた母親の元に帰ります。「もらったんだ、遠慮なく食っていいんだ。」と母親に食べさせようとした時、突然握り飯に泥がかけられます。我王に負けた泥田坊が腹いせにかけたのです。

我王は怒ります。泥田坊の家に乗り込み、泥田坊を崖から突き落とし、一家全員を殺します。村中から追われた我王は逃げます。逃げる途中、草むらの中で、我王の腕についたてんとう虫をそっと草の葉に返します。我王が垣間見せた優しさなのか、気まぐれなのかはわかりません。この後も我王は生きるために人を殺し続けます。

ある時、人に追われた我王は山の中で焚き火をしている仏師、茜丸に出会います。我王は茜丸の持ち物を奪い、意味もなく茜丸の右腕を傷つけます。茜丸は右腕が使えなくなります。仏師の茜丸にとっては命を奪われたのも同然でした。

茜丸を傷つけた場所から逃げる我王を若い女が追いかけてきます。女は茜丸の妹で早魚と名乗り、茜丸を傷つけたことを責めます。我王は意にも介さず早魚を連れ去り犯します。早魚はこの後、我王と夫婦となり生きていくことになります。

我王の生い立ちと、早魚(はやめ)との出会いはこんな感じです。詳しく書きすぎました。でも、今までとは違い、我王が主人公ですから、この先も長くなりそうです。

 

追記:2018年6月14日

月刊COMのこと

月刊COMは大人の漫画雑誌でした。少なくとも小学生だった私にはハードルの高い漫画雑誌だったように思います。(刊行期間は、1967年1月号 - 1971年12月号。1973年に8月号として、1号だけ復刊された(1973年8月1日発行))同時期にガロという雑誌もあったのですが、ガロは線が荒く、COMのほうが好みにはあっていました。COMは中学生になってから何冊か買ったのだと思います。実際、何冊か今でもありますから。

「描きたいものが書ける雑誌」および「新人を育てる雑誌」として、手塚治虫が、虫プロ友の会発行の会報『鉄腕アトムクラブ』を発展解消する形で創刊した。「まんがエリートのためのまんが専門誌」がキャッチフレーズ。1964年に先行して創刊された『月刊漫画ガロ』を強く意識して、両誌はライバル関係と目された。

手塚治虫の「火の鳥」(黎明編・未来編・ヤマト編・宇宙編・鳳凰編・復活編・羽衣編・望郷編・乱世編)を看板作品とした。これはライバル誌の『ガロ』の看板連載だった白土三平の「カムイ伝」に対抗する形だったとされる。ただし、学生運動を盛んにしていた全共闘世代は劇画世代であり、既に手塚治虫は古いとされ、『ガロ』は愛読したものの『COM』は馬鹿にされていたという。

COM(雑誌)(2018年5月14日 (木) 20:28 UTCの版)『ウィキペディア日本語版』

全共闘世代にCOMは馬鹿にされていたのですね。私は全共闘世代ではありませんのでCOMを推します。ガロも買ったような記憶があるのですが、家には現存しません。探したらあるかな。

COM傑作選 上 1967~1969 (ちくま文庫)

COM傑作選 上 1967~1969 (ちくま文庫)

 
COM傑作選 下 1970~1971 (ちくま文庫)

COM傑作選 下 1970~1971 (ちくま文庫)

 

 

 あらすじ ネタバレ注意

我王は早魚と夫婦となりながらも人を殺め続けます。早魚は、何故人を殺めるのかと問いますが、我王にとって人を殺めることは、自分が生きて行くためにはあたりまえことだったのです。殺さないと自分が飢えて死ぬことになります。自分が生きていくために人の命をうばうことが何故いけないのかと。自分には生きる権利があるというのです。

ある時、我王は旅の老僧に出会います。立ち止まり、我王の顔を見つめる老僧に腹を立てた我王は、老僧に詰め寄ります。おれの片目が珍しいのかと。旅の老僧は我王には死相が出ていると言います。おまえは鼻の病気で死ぬと。今から養生すれば治るかも知れんが、ここ二・三年が命の分かれ道だと。怒りで老僧を殺めようとする我王を早魚が止めます。老僧は立ち去ります。

それからも我王は手下を持ち、徒党を組んで人を殺め続けます。ある夜、奪ってきた鏡を早魚に見せるのですが、早魚が鏡に映らないことを知ります。早魚はこれは男物の鏡だから女は映らないと返答します。我王には学がありません。そんなものがあるのかと納得してしまいます。その頃から我王の鼻がむず痒くなり、やがて大きな痛みと共に鼻が巨大化していきます。

鼻の痛みでどうしようもなくなった我王は、早魚の作った薬を手下に塗るように頼みます。薬を手に取った手下は、これは毒薬で、早魚は頭を殺そうとしているのではないかと言います。あの女は頭に恨みがあるように見えるというのです。我王は早魚が兄である茜丸の復習をしようとしているのだと思い込みます。

早魚のところに帰った我王は、早魚を殺します。死ぬ前に早魚は、自分は茜丸の妹などではなく、昔我王に命を助けられたものだといいます。そのお礼に我王と夫婦になって暮らしたかったのだと。嘘だと叫ぶ我王ですが、命が尽きた早魚の身体は消えてしまいます。我王はその姿を探しますが、そこには一匹のてんとう虫の死骸があるだけでした。

悲しい物語です。早魚は死んでしまい、この後は物語には登場しません。

 

あとがき

鳳凰編のお話としては、これで1/4が終わったくらいです。この後の多くは、茜丸のお話になっています。ちまたでは鳳凰編の我王が、もっとも猿田彦(の子孫)らしいといわれているようですが、そうは思えません。単に鳳凰編の我王は主役を張ってるので、出演シーンが多いからだと思います。主役だから設定がきっちりされているからでしょう。

私としては猿田博士が一番らしいと思います。まだ、読んでない編がたくさんありますが・・・。

鳳凰編はまだ続きます。

 

追記:2018年6月16日

あらすじ ネタバレ注意

過ちで早魚を殺してしまった我王は、呆けたようにさ迷い歩いていたところを捕縛されます。数々の犯罪を重ねて、多くの人を殺めた我王に言い渡された処分は、都大路を引き回した上、首をはねるというものでした。

都大路を引き回されている我王の元に、ある場所に連行するよ指令が下ります。我王が連れて行かれた場所の高座には、かつて我王に死相が出ていると予言した旅の老僧がいました。

老僧は良弁僧正という高僧でした。良弁僧正は国の施策のため旅をしていたのです。良弁僧正は次ぎの旅に供をするよう我王に命じます。我王は途中で逃げるかも知れませんよと言いますが、良弁僧正はお前は逃げやしないといいます。

良弁僧正は我王に輪廻の話をしてやります。死んだ者は何かに生まれ変わる。だが、次の世も人間に生まれ変われるとは限らない。この世で人間である者も、生まれる前は虫けらだったかも知れないと。我王は輪廻に取り付かれたようになり、次の世も人間でありたいと叫びます。

良弁僧正との旅の途中、我王はかつて自分が右腕を切った仏師の茜丸に出会います。茜丸は使えぬ右腕を克服し、仏師として復活していました。仏師として名高い茜丸は、権力者に3年のうちに鳳凰の像を彫るように命じられていたのです。3年の内に鳳凰を彫らなければ首をはねられることになります。

茜丸は自分を覚えているかと我王に詰め寄ります。我王は自分が茜丸の右腕を奪ったことを覚えていました。我王は茜丸に自分を殺すよう迫りますが、茜丸は自分の命を掛けて鳳凰を彫らねばならない。彫らないと自分は殺される。お前のことなんてどうでもいいと突き放します。

良弁僧正と我王は、行き倒れの女に出会います。女は餓死しかけていました。女は年貢米を背負ったまま餓死しかけていたのです。我王は年貢米を女に食べればいいと、年貢米の入れ物を切り裂きます。こぼれ落ちる年貢米を見て女は叫び声をあげます。年貢米に埋もれて女は死にました。

良弁僧正は我王に年貢米が一すくい欠けても女が処罰され、殺されることを教えます。そんなのはおかしいという我王に対して、社会の仕組みとはそういうものだと言うのです。我王は良弁僧正に、女にお経をあげてやってくれと願いますが、良弁僧正はそんなものは一文にもならんと拒否します。宗教はそのためにあるのではないのかと反論すると、良弁僧正は宗教は政治のためにある。そんなもんじゃと。

我王の怒りは頂点に達します。怒りのあまり、走り出した我王はある村に入り込みます。その村は村中が病に取り付かれた悲惨な村でした。僧姿の我王を見た村人は、我王に悪霊を払ってくれとせがみます。僧ではないから何もできないという我王に、村人は悲痛な願いを投げつけます。

困り果てた我王は、広場にあった丸太に「魔霊退散」の像を彫ります。その像の表情はすさまじく、(我王は仏師の才があったようです。)村人は我王を拝むように礼を言い続けます。このオレが礼を言われたと我王は苦笑します。

良弁僧正はその後も我王に像を彫らせたり、土を捏ねて像を作らせたりします。そのできばえを見た良弁僧正は、お前は天才かもしれん、お前はきっと、何十万人、何百万人の命を救うことになると予言します。我王はほかの人間を救うつもりなどないと言い放ちます。

 

あとがき

今日はあらすじだけで、お休みです。これでやっと半分。疲れた。

 

追記:2018年6月26日

あらすじ ネタバレ注意

ある時、何者かにより越後の国分寺の山門が焼かれ、宝物が持ち去られます。山門の補修工事の現場を良弁上人と我王が通りかかります。突然、我王に対して、盗賊はこいつだという者があらわれます。我王は強く否定し、濡れ衣だと叫びますが、捕縛されてしまいます。良弁上人は我王に抵抗するなと告げ、我王は仕方なく捕まったのです。

我王は苛烈な責めを受けますが、やっていないと否定し続けます。良弁上人に盗賊でないことを証明するよう求めますが、なぜか放置したまま、良弁上人は姿を消します。2年の後、山門を焼き、宝物を奪った犯人が判明します。焚き火をしていた者が過失で山門を焼き、ドサクサにまぎれて宝物を盗み出していたのです。

2年もの間無実の罪で責めを受けていた我王は、つき物が落ちたように穏やかな人間に生まれ変わっていました。そして、我王が幽閉されていた洞穴の壁には無数の仏が彫られていました。それを見た国分寺の僧正は、去ろうとしていた我王に寺に留まるように慰留します。そして、国分寺の鬼瓦を作るように願うのです。

我王は鬼瓦を作ることに気乗りがせず、だらだらと時を過ごします。我王を置いていなくなった良弁上人を恨む毎日です。酒びたりの我王を寺の僧たちはもてあまします。厄介者なのです。

ある日、酒を飲みながらうろついていた我王は、大仏建立のため、切り出された木材の搬出現場に遭遇します。役人が手荒く人夫を追い立てます。荷車が暴走し、何人もの人夫が跳ね飛ばされて死にます。役人は、また死におったと高笑いです。我王に向かって、作業員の死は、坊主の領分だろうと吐き捨てます。怒り狂った我王は、工房に戻って恐ろしい勢いで鬼瓦を作ります。そして、その出来栄えは鬼気迫るものがありました。国分寺の僧正はあまりの出来に感嘆します。

良弁上人の行方がわかりました。奥州平泉の国分寺で即身仏になるというのです。我王は死に物狂いで駆けつけます。雪の中、奥州平泉の国分寺の門を叩いた時には、良弁上人は即身仏になるべく、穴に入られて10日が経過した後だったのです。

竹で作られた空気穴から微かに鈴の音が聞こえます。良弁上人はまだ生きていたのです。良弁上人は我王に詫びます。我王が無実の罪で捕らえられたとき、我王を助けなかったことをです。良弁上人は、我王が捕らえられたのは、我王が受けるべき試練だと思ったというのです。この試練を乗り越えれば、我王の中に仏が生まれるのだと。

良弁上人は続けて言います。大仏建立の為の寄進を取り付ける為に全国を歩き回り、ようやく目的の額を用意することができた。ワシの役目は終わったのじゃと。しかし、役目を終えて気づいたのじゃ。ワシの全国行脚も、結局は政治に利用されただけであったのだと。それだけのものでしかなかったと。良弁上人は自分に残されたものはもう、即身仏の道しかないというのです。

我王は良弁上人のそばにいて見守ることにしました。そして、時がたち、掘り起こされた良弁上人の死骸は、干からびた我のように見えました。良弁上人の即身仏を見ながら我王は思いを巡らせます。そして悟るのです。虫魚禽獣死ねばみな同じだと。人が死んで仏になるなら、生けるものすべてが仏なのだと。生き死がなんなのだと。人の人生などちっぽけなものだと。

我王は奥州平泉の国分寺を飛び出し、放浪を続けます。頼まれるまま仏像や鬼瓦を作る我王は次第に民衆に慕われるようになります。ですが平和な日々は長くは続きません。仏師として名をあげてきた我王に政治の魔の手が迫ってくるのです。

未完です。そのうち書くかも。。。